唾を吐きつける音がした気がした。





  衝動オーケストラ







暇だったからその音に惹かれて、日陰に迷い込んでしまった。


そこにあったのは日常。



人気の無い場所で、ミニスカートをひらひらさせた女が4人。

その4人が一人の女を蹴っている。


まあ、『カゴメカゴメ』をしているようには見えない。

あの歌詞のもつエグさは似てるけど。



まだ私には気づいていないようだ。


罵る声。

その内容に耳を傾けると、なんとまあ酷く陳腐だった。

歌でも口説き文句でも、そして罵り言葉でも月並みというのは哀れである。




肝臓が持ち上がるような錯覚。

腹の中で大きく熱が持ち上がる。




こちらに背を向けているミニスカートのひらひらに思い切り靴跡をつけたい。




いつも、なんでパンツがギリギリ見えないのか、女の私から見ても不思議だったのだ。

果たして、蹴られて転んでも見えないのだろうか。


あ、そういえば「蹴りたい背中」とかいう本が前になんか有名になっていたなあ。

今度読もう。 是非読もう。




首がゆったり左に倒れ、目が細まるのが分かった。

癖だ。


衝動に身を任せる直前の。





思い切り尻を蹴り飛ばした。

綺麗につんのめり、ミニスカートから真っ赤なパンツが見えた。


赤、っておいおい。



笑ってしまった。

人を蹴ってる女がいったい何の勝負に出るつもりだったんだ?



一瞬の沈黙の後、ぎゃんぎゃんとほえ始める。


その内容もまた、月並みで笑えるのだ。




「なにすんだてめえ」
「ふざけてんのか」
「しねよバカ」



あーあ。よくもまあこんな愚かな奴がいたもんだ。

なんか逆に感動した。感動しすぎて泣ける。


首を斜めに傾けたまま、私はポケットに手を突っ込んで立ち尽くす。



今日は私服でよかったなあ。

私は「作業」の最中にパンツを見せるようなまねはしたくない。赤ではないけど。




「他に言うことないんですか・・・」


ぷちぷちと虫を潰すようにつぶやく。




女たちは逆上したチワワのように喚いた。

ちなみに褒めてない。


私はチワワみたいな小心者が断じて好きではない。





「ボソボソしゃべんじゃねえ」
「いきなり蹴飛ばすとか何のつもり」




そっちこそよってたかって何のつもりかと聞きたかったが、正義の味方臭くてやばいのでやめた。


うん、余裕ある。






意識して首を、ゆったりと反対側に倒す。


カウントダウンだ。






3、2。




蹴られていた彼女の顔を認識する。

彼女は、とりあえず蹴る気が起きないのでほっておこう。





1。





首が、右に倒れ、同時に目を見開いた。


 弾ける。




「死ね」





地面を蹴ると、世界が脈動する。

そのリズムが私の拍動と共鳴して、生のオーケストラを間近で聞いたような興奮を感じた。



違う。私の衝動こそが、おそろしく躍動的なオーケストラ。



そのまま走っていたかったが、残念なことに相手との距離が短かったので

とりあえず勢いを殺さぬまま、痩せすぎの腹部に踵で踏み込んだ。


「 ぅ 」



何が起こったかわかったらしく、げえげえとむせ始める。



頭がカッと熱くなる。






興奮してる。シナプスがどんどん繋がっていく。未来が見える気がする。






もう、止まらない。

世界という名の観客が、ごうごうとうなりをあげて私をさらに掻き立てる。



さあ、起きろ、私のすべて。









すぐ近くにあった長い髪を毟るように掴んで、振り子のように壁にぶつけた。

そのあとは興味がないので手を放し、体をひねった勢いで一人目の女をもう一度踏む。

どこを踏んだかは知らないが、そのままさらに前方へ。3人目と4人目が棒を握った。

大きく弧を描いてくる棒を、動きに合わせて回転することでやり過ごし、手刀で鼻を打つ。

ひるんだ隙に空いた左手を背中へひねりあげると、ミニスカートから生えた両足が宙を舞う。

瞬間、最後の一人が棒を突く方法をとってきた。よけにくいと思ったのだろう。

ところが突きは一点を見極めれば簡単なので、突かれた棒の横腹をたたけば力は逃げてしまった。

制御しきれなくなった棒の中央を踏み割り、その右足を軸にして、4人目の少し出た腹を蹴る。

思い切り蹴って崩れた体制を、立ち直りかけた二人目を踏みつけることで立て直す。






 おい、誰かゴングを鳴らしてくれ。





鳴らないので、自分で言うことにした。

「かーん」




すぅっと毒毛が抜けていくのを感じる。

感情は毒だ。

衝動は、麻薬だ。





ぞわぞわと興奮が背筋を下ってゆく。


ああ、満足。

シンバルを思いきり打ち鳴らした後のような満足感。



なまなましくも感動的な、この衝動。




大きく息を吐き出した。

ずっと傾いていた首が、今ようやく戻ってきた。

地面に対して垂直に。


お帰り、理性。




自分の魂が地上に戻ってくる。シナプスが平常心を取り戻す。


ゆっくり周囲を見渡せば、生きた屍、累々。

うめき声も僅かに聞こえる。




その状況をじっと見ているとなんだか風景がぼやけて一体化していく気がする。

おそらく、彼女らが恐ろしく平凡な存在だからだろう。



勝利の感慨というものとは明らかに違うこの余韻。






聞こえない拍手に包まれる。







目を閉じて、頤を揚げ、演奏を終えた指揮者のように自分の所業を振り返った。


作曲は自分、演奏も自分、指揮も自分。



いつから、衝動の解放にのめりこんでしまったのか。






夢心地から、私は帰ってきた。

目を開く。いつまでもここにいるわけにはいけない。


衝動を演奏するのは、法的にはまずいことが多いから。



陳腐な死体どもに背を向ける。

と、






「 ――あっ 」






新しい音がした。


何の音だ?



驚いて、振り返る。









目を見開いてこちらを見つめる、死体のうちの一人。







あ、違う違う、彼女は違った。


放っておいてそのまま忘れていた、蹴られていた彼女だ。






この子は死体じゃない。


でも、登場の仕方がちょっと陳腐。





「あ、の」




別に用はないし、面倒である。

私としては、余韻を乱されないまま去りたいのだが。







「あ、」




さっきから「あ」しか言ってない。

いや、「の」も言ったか。









「・・・ありがとう」









さっき鳴り損ねたゴングの代わりに、私の中でクラリネットが間抜けな音を出した。





衝動に尋ねてみる。


――これ、どうなの?

なんか、違うんじゃない?






瞳と瞳がカチあった。


そこにあったのは、日常。





トライアングルが、チン、と冷たく冴えた音をねじ込む。





あ、この音だ。





最初に聞こえた、つばを吐きつけた時の音。

嘲笑のトライアングル。



この音は、この子のモノだったのか。

「・・・なるほど。――なるほど。」



ゆっくり首を傾けた。





「お前が悪いんじゃん。」






蹴られていた彼女が、震えるようにトライアングルのバチを握る。




フィニッシュだ。


今度こそ締めのゴングが鳴った。






 END

▼ (2008/7)

「付き合ってらんねー。」


軽蔑は軽蔑を呼ぶ。
その端っこを不意に見つけた、衝動暴力女の話。

衝動に襲われた時の、あの毛が逆立つ感じを書きたかった。。


生の演奏は最高なんです。