歌声がくすぐったい。






  S [ I ] N G






「もーいいって」


遠慮がちに言うが、本心としては「恥ずかしいから今すぐやめろこのボケが」である。




しかしお構いなしに続く歌声。


今日という日を考えれば、どういう歌かは言うまでもない。



歌と歌との合間に、ニヤニヤ笑い。

明らかに「祝う」目的以前に、からかいが入っている。



ああもう、だからやめてほしいというのに。




「はっぴばーすでーとぅーゆー」




そうして私は、幸せをおいしく頂いた。






じゃんじゃん、とへたくそなピアノ(なんせ赤ちゃん用の小さなピアノだから)が締めくくった。


同時に爆笑と拍手の渦に飲み込まれる。



すい、と私の前に数え切れないほどのろうそくが刺さったケーキが差し出された。




――ねえ、ろうそくいくつたてる?

――馬鹿か奈津美。同い年だから、ええと19本?

――お前が馬鹿か。18本だ

――え、17じゃなかったっけ

――昴、12歳からやり直せ

――ちょっと、ろうそくはいいよ、幾つだと思ってんの

――18でしょ?

――わかってんじゃねえか、昴…

――ぎゃあ、助けて紅葉ちゃん、銀がいじめるー

――紅葉ちゃん、うるさいから向こう行っててもいいよ

――うん、ありがとうなっちゃん。あとよろしくね

――紅葉ちゃああん・・・




そんなやり取りの後、一体何がどうなったのか、

『誕生日おめでとうモミジ』のチョコレートや、

綺麗に装飾された生クリームや、乗せられたフルーツのまわりに、


これでもかというほどのローソクが立っている。




「ささ、どうぞ思いきり噴いちゃってくださーい」



昴が悪びれもせずに微笑みながら包丁をスタンバイした。




「おい双子兄」


「ごめん、目をそらした隙の出来事だったんだ」




私が何か言う前に銀が陳謝する。



彼らは全く、生まれた時からこんな調子である。


顔はそっくりのくせに、保護・被保護がはっきりしている。




冗談みたいなリズムで私たちの日々を刻む。




「いいけどさ…多いでしょ」





いや、まあ、もうあきらめてはいるが。






「ろうが垂れるよ、って言ったんだけどね」


「奈津美、突っ込みどころ違う」




落ち着いた様子で銀がツッコミを入れた。


そうかな、となっちゃんが首をかしげる。


そうだよ、と、なぜか昴が口をとがらせる。









 奈津美、もといなっちゃんは最近彼氏ができたと、デレデレに照れていた。


内弁慶というか、引っ込み思案な彼女に、ということで私は大いに喜んだ。









とりあえずろうそくを吹き消そうと努力を始めることにした。

先ほどまでぎゃあぎゃあと喚いていた3人も、妙に真剣に炎を見つめる。


まるで、この炎が全部消えたら何かが始まるかのような、そんな瞳で。



明らかに私の年齢よりも多いろうそくは流石に手ごわい。





――でもね。

――なに?

――昴がね。

――昴?

――おかしいよ、って言うの

――何が。





 そりゃあ複雑だったのかもしれないなあ、と思うのだ。





確かに、取り残された感じが、しないでもないから。






昔、誕生日の話をした時のことだ。


誕生日が一番早い順から考えると、なっちゃん、双子、私の順番になる。




――私がおねえちゃんだね




なっちゃんは、みんなのお姉さん。





――じゃあ、俺、長男




銀は、みんなのお兄さん。




――ええ、俺はじゃあ何?



昴は、みんなのかわいい弟。




――あはははは。弟でしょ、そりゃあ。



そして私は、そんなみんなを見ている、妹だと。









なんだかその設定が妙に気に入った私たちは、ずっとそんな関係の中で生きてきたのだから。








あと半分もあるよ。

馬鹿みたいにろうそくなんか立てやがるから。



ブツブツ呟いても、みんなは真剣に炎を見つめるだけ。



なかなか消えないろうそくの向こうで、昴の顔が泣きそうに歪んで見えた。






――困ったね紅葉ちゃん。

――…私は別に困ってないけど。

――困ったよ。俺は非常に困った。

――どしたよ。


――だって、紅葉ちゃんは、俺の妹だよね?




そう言った昴の顔は、もはや私の中で曖昧になりつつあるが、

その虚ろな衝撃は、まだ私の中でくすぶっている。





――だって、 だってさ、二人とも、俺のきょうだいだよね?
















 どうしても、ろうそくの火が消えない。




ふと、なっちゃんが再び歌い始めた。


…小さな声で。












 もうひとつ、割と最近のエピソードがある。


とはいっても、高校最後の記念に見た劇から出た、本当にちょっとした話なのだが。



その劇では最後に、登場人物全員の名前の一文字目を繋ぐと一つの文になる、という話が織り込まれていた。


見終わった後に私の家で、ふと私がそのシーンについての話題を出したのだ。



――あのシーン、私は好きだよ

――ああうん!俺も好きぃ

――昴は最後のほう寝かけてただろ

――でも寝てないもん

――おもしろいよねー。あえて希望型っていうのがよかった

――あれ、タイトルと繋がってるんだよな?

――え、そうなの、銀。

――たぶんな。



不意に、銀が気づいた。



――じゃあ俺らはどうだ?


――ええと。す、も、な、ぎ…?

――も、が邪魔。非常に邪魔。

――自分で言わないでよ。ううん、そうだねえ、アルファベットにしたら?

――S、M、N、G…。

――余計わかりにくいと思うんだが

――あ、でもМがIなら「SING」だよ。超惜しいね





結局、いい単語が浮かばなくてその話はそこで流れた。




正直説明が面倒だったから言わなかったけど、私は昴が言う「SING」に、とても合点が行っていた。





「I」は「私」だ。



私は、どこか、離れたところで「S」と「N」と「G」を見つめている。





だから、「M」じゃなくて、主観、っていう意味も込めて「I」がいい。










 なっちゃんが歌う、小声のハッピーバースディに双子のハーモニーが加わる。










「ハッピバースディ、ディア、――紅葉」








私は、あくまで主観的に、思う。




たいていの唄は終わってしまうけど、ハッピーバースディの唄は歌おうと思えば半永久的に歌える。




「SONG」ではなく「SING」という動詞形であること。



 それが、どうしようもなく無意味に、嬉しいのだ。











歌は、ろうそくが消えるまで、続いていく。






私は私のきょうだい達に囲まれて、たとえケーキがダメになったとしても、それでも、





「ちょっとお、火、消えないんだけど!」





そうやって、妹ぶって、わがままなふりをしていたいのだ。








 END

▼ (2008/8)

だって、あいつらおれの兄貴と姉貴なのに。


きょうだいっていいですよねー。

ずっとそうやって続いていくと思っていて、変化はしないと思っていたのに、
でも、なんだかお兄ちゃんとお姉ちゃんがくっついちゃって。
「あれ、俺どうすりゃいいんだよ?」っていうのが昴の心境。

そして妹は、傍観者。

みんなのことが大好きな、傍観者。