鼓動溶解






ピッ、ピッ。



規則正しい僕の心臓を、機械音が正確になぞる。

いまだに続く生命が、その音を歪めず響かせる。


けれど、その音もいつしか聞こえなくなった。





いよいよ、僕は死ぬのか、と思った。



機械音が存在を知らしめていたこの心臓の存在が、今は疑わしい。


もしかしたら、その音が僕の心臓だったのかもしれない。

だとしたら音がしない今、僕はもう死ぬのだろう。


数瞬後か、それとも何時間後か。



それもたいして変わりはないのだから、実際もう死んだも同然だ。





悲しくはない。

ただ、実感だけが僕を包む。



いよいよ、僕は死ぬのだ。




やっと、というべきなのか何なのか。

もはやきっかけすらも思い出せない。


思い出すという行為が、どのようなものなのかも、わからない。




音は聞こえず、空気の震えだけが魂を通して伝わってくるようだ。










 眼は何かを映すようで何も映してはいない。

風景を認識する脳のどこかがぶちぶちと壊れるのを聴いたのは、随分前になる。




網膜に映った「何か」の中に、光る細い紐たちを見た。



紐は光りながら、ひよひよと宙を舞う。

幾本もの紐が、僕の網膜の中を漂っている。



―――綺麗だ。




「きっとそれは、僕の最後の欠片」


デジャヴがそう告げた。





頼りなげに、弱弱しく、儚く光り漂う。




 ああ、僕はこんなにも美しかったのか。




実感の波にのまれる。

それは、感情ともいえない感覚だが、懐かしいような気がする。




 知らなかった。

僕は、こんなにも美しく、生きていたのか。










ピッ、ピッ。


聞こえない音が反響する。

もはやその意味すらも考えられなかった。



ただ、僕の体を支配するそのリズムが、ひどく心地よかった。







――もっと。





言葉にならない光の屑が、メッセージを発する。


ちょうど、救難信号のように。




――――もっと。



ピッ、ピッ。



光の紐が、だんだん認識できなくなって、ぼやけていく。


まるで僕の眼球が、世界に溶け出したかのように。






実感すらも感じなくなってきたころ、僕は知った。















 ――ああ、そうか僕は、還るのか。










 END

▼ (2008/6)

っていきなり死ぬんかい、という話。(違うだろ


美しい話を書けるようになりたいと思います。







死に方なんて、死ぬまでわかんないけど、それはそれでいいと思います。
わからないから、「死ぬ」という行為は存在するんだと思います。
ね。そうだったよね。